527 [97/02/02 08:25] CHANG / フランス日記



 旅行の日程は、12月21日に関空発KLMにて日本出国、その後パリ−エクス−パリと移動し、1月1日に日本に帰ってきました。今回の旅行の目的は、ハワイまでのマイレージを稼ぐ事と、フィアンセの末川嬢の買い物と、二人の友人でフランス留学中の神大大学院の香川嬢を慰問する事です。
 今回の旅行に関する大まかな費用は以下の通り。
 飛行機チケット代:14万(関空−パリ往復アムス経由・KLMツーリストクラス)  TGV:3万(パリ−マルセイユ往復・1等車)
 宿泊費:8万(パリ6泊エクス3泊・3星クラス)
 現金:6万(主に食費)
 カード:20万(主に買い物)
 それでは、しばしのお付き合いをお願いいたします。(俺も、文字を打つの速やなったなぁ。(。_°)☆\(^^;))

<<日本脱出>>12月21日
 関空のKLMカウンターには、朝早くから既に10人以上の人が、列をつくっていました。待ち合わせのために、少し遅れて列に加わる。(ホントは9時に着いていた僕が1番だったのだが)
 さぁ、チェックインカウンターでの交渉の始まりです。ここで、旅行の満足度が決まると言っても過言ではないでしょう。KLMが用意してくれていたのはABの席でした。そこでまず、バルクヘッドへの変更を頼んでみましたが、「1席づつなら、おとり出来ますが」との返答。(1番なら、取れただろうに。悔しい。)次に、ドアサイドとスクリーン前の状況を尋ねました。どちらも空いているとの事。考えた挙げ句(これが長くて、隣で見ていた末川さんの話だとカウンターのお姉さんが切れかけていたとの事)、スクリーン前の28FGにしました。
 指定された時間に17番ゲートの前に行くと、「機体整備のため、出発の時間が遅れます。」というアナウンスが。「747−400コンビなんか使うてるから、遅れるんじゃ。」との抗議もむなしく。「パリへの乗りつぎが、この便には間に合いませんが、CDG行きの便に変更します」との返答。
 オルリーで残念だなと思っていたので、今日はいい席も取れるし空港はCDGだしラッキーだなぁと思っていたのもつかの間、出発がかなり遅れてアムステルダムで1泊になるという事。
 ゲート内のショップでチケットを見せて1000円分の食事を取り、ホテルのキャンセルのための連絡用のカードを記入して、すこし寝ていると出発の時間になりました。
 機内の着席状況は80%というところでしょうか、隣のDEも空席で全体的に空席が目立っていました。おかげで、肘掛けを上げてベッドの様に使えて楽でした。何よりも、足元が広いのがいいですね。
 スクリーン前の席はFGの間の肘掛けが上がらなかったのと、中のFでは小型スクリーンが少し前の方にあり壁が邪魔で画面が4分の3しか見えなかった事が少々不満でしたが、EFを使って休む事が出来たし、映画は見たやつばっかりだし、どうって事なかったです。
 食事は美味しかった。噂どうりです。しかし、蕎麦が…。唯一の不満。それに、オーロラも見えなかった。残念です。
 スキポールにつくと、パリ組はホテルに連れて行かれる事になった。カウンターで、パリのホテルのキャンセルの事など聞きたい事も有ったが、英語がうまく伝わらず(当たり前か)、しぶしぶ引き下がる。
 オランダは寒い。ホテルまでの送迎バスを寒空の下で待たされる。提携ホテルだろうか、ゴールデンチューリップ・バルビゾンというホテルにとまる。パリでの一夜を失った精神的ダメージは大きい。食事も取らずにすぐに寝た。(しかし、朝食を食べたが、塩辛かった。やはり、海を埋め立てて造った国だけの事はある。)


<<<注釈>>>

 KLM : KLMオランダ航空
 バルクヘッド : ビジネスクラスのすぐ後ろの一画にある席をこう呼ぶ。
 AB・FG : シート番号。今回の機体では3−4−3のシート配
 列になっており、ABCDEFGHJKとなる。
 ドアサイド :非常口隣の席の事。アメリカ系の航空会社では、こ
 こに座ろうとすると、英会話のテストをされる。
 スクリーン前 :ギャレ等の壁になる部分を大型スクリーンとして使
 用する事があり、その前にある席の事。KLMでは、
 大型スクリーンは使用せず、全て機内吊り下げ型の
 ディスプレイを使う。
 747−400コンビ :飛行機の種類。海外路線ではかなり使用頻度の高い
 機種がボーイング747であり、コンビとは旅客貨物両
 用の事で、貨物部分がある為座席数が少ないのが特徴。
 オルリー :パリ・オルリー空港の事。
 CDG :パリ・シャルル・ド・ゴール空港の略。
 スキポール :アムステルダム国際空港の名称。



<<パリ到着>>12月22日


 やっとのことで、スキポールよりオルリーへ。フランスの地に降り立つ。オランダでの悔しさがあるので、感動も一入である。
 荷物を受け取ってから、トイレに行きたくなるが近くになく、すぐ近くのエレベーターで下に降りて、グイグイ荷物をおしてトイレに到着する。オルリー空港はただいま改装中である。あるはずのトイレがない。トイレは荷物を受け取る前に済ませた方が良い。(当然か)
 外はくもり。少し肌寒い、いや寒い。
 Taxiでパリ市内へ。出てすぐのタクシーに声をかけるとパリ行きは右手の方だといわれた。既に犬のうんちが点在しており、気を付けながら荷物を運ぶ。
 タクシーの運転手は黒人男性だった。「ルノックスホテルまで」というと「住所を教えてくれ」と言われた。あっという間にパリに着く。
 パリの市内観光も兼ねつつ、タクシーはホテルへと向かう。「おぉー、あれルーブルやん。」喜んでいると、運転手も話し掛けてくる。イタリア語とフランス語は親戚みたいなものなので、意外と分かりやすい。「もうすぐホテルだよ。」料金は133FF(メーター)、TAXIPARISIANというタクシーだった。
 ホテルに入ると、待ち構えていたかのようにチェックインの手続をしてくれた。(KLMの方でちゃんとキャンセルなどの連絡はしてくれていたみたいだ。よかった。)
 早速鍵をもらい、部屋になだれ込む。45号室。「キャホン…」発音しづらい。部屋は小さなベランダのある小さな部屋。いかにもプチホテルらしい。二人のスーツケースを開けて、ベットとアンチークっぽいテーブル・チェアーでいっぱいの広さ。
 うぅん…っ?床が傾いている!最初部屋に入った時に酔っ払ったのかと思った。(ここらへんもフランスらしい)小粋な絵がベッドの頭に飾ってある。ベッドの正面には、部屋を広く見せる為だろうか、額に入った大きな大きな鏡が。このホテルの鏡は、結構大きく、たくさんある。女性に人気という意味が分かったような気がする。
 少し落ち着いてから、観光のために部屋を出る。エレベーターを使って下りる。エレベーターは大人2人と荷物が入るときちきちの小ささ。(フランス人なら人だけでいっぱいになるだろうなぁ)外ドアを手で開けて入り、目的階を押すとゆっくり内ドアが閉まる。いかにも、プチホテルらしいエレベーターである。1階を押したのに、2階に着いた。そうだ、ここはフランスだった。またまた、感動する。


<<美術館巡り>>


 まずは、オルセーから。ちょっと歩いたところにオルセーがある。荷物検査のお姉さんにプラダのバックを渡すと、「いいバックねぇ」と言ってくれた。本当にそう思ったのかどうかは分からないが、「メルシー、マダム。」と答えておいた。(しかし、パリでもプラダは日本と変らぬほど高かった。)オルセーの美術品については省略。オルセーは広い!歩きつかれたので4階のカフェへ。ここで飲んだショコラ・ショー・カカオが美味しかった。どうしてこんなにフランスの甘いものは美味しいのだろう。因みに、オルセーには、2階にも天井画が見事なカフェがある。どちらも、お奨めです。(余りに広いので、食事又はカフェでもしないと、全部を見てまわる事は不可能。)
 セーヌを渡り、ルーブルへ。入る前に少し遅めの昼食をルーブルにあるマルリーでとる。CAFEMARLY(リシュリュー側)オムレツとパンとスープを頼む。スープが何のスープか分からない。「ケスクPOTIRON?」と聞くと、「パンプキン」と教えてくれた。「ケスクセORケスク…?」便利な言葉だ。
 食事は美味しく取れた。本当、フランスは外れなしの国だ。さすがグルメの国。ヴィッテルとでしめて152FF。
 アメリカでもそうだったが、値段は量を測る一番の目安である。フランスでは二人で150FF前後がよいようだ。
 カフェで食事もとり暖もとったので、目の前のピラミッドに並ぶ。寒空の下、前のフランス人が「寒いね」と声をかけてくる。「ウィ」以外に会話を弾ませられるはずがなく、目が合ってはニコニコする。お兄さんは大きいので風除けになる。(絶対2Mはあるぞ。)有り難い。
 30分ほどで思いの他すぐに中に入れた。日曜は安い。26FF。
 ルーブルも広い!疲れた。美術品については省略。
 地下につながるショッピングゾーンでブラブラする。様々なブランドや企業がクリスマスのオブジェをおいてある一画があった。おぉぉ、エルメスもある。おおきな箱だ。箱についた穴を覗くと、冬景色のミニチュアが。
 ルーブルを後にして、夜の町をシャンゼリゼに向けて歩く。コンコルド広場には、なんと観覧車が!目が回るほどの早さで動いている。こんな寒いのに誰が乗るんだろうと思って側までいくと、いるいる。やっぱり、欧米の人間は頭がおかしい。座るところもむき出しなのに。風邪ひくぞ。
 しかし、きれいだ。観覧車の光に、道沿いのきらきらのイルミネーション、向こうを望むとシャンゼリゼのイルミネーションが。それぞれが、パリのノエルを演出する。パリが恋人達の街である事を実感できる一時がここにはある。
 観覧車からの眺めはさぞ宜しかろう。(乗って見たかった…)
 シャンゼリゼのイルミネーションを見てホテルに戻る。帰りにセーヌ川沿いで、さっき声をかけてきたお兄ちゃんが女連れで歩いてくるのを発見する。やるな、ミゲール(仮名)。
 この日の夜もまだまだ続く。ホテルに戻ってから、サンジェルマンデプレ付近をうろつく。結構日本人が沢山いる。意外に、女性の一人旅が多いようだ。JTBのシティーガイドが人気のガイドブックのようである。
 教会近くのリップで夕食を取る。これまた美味しい。(一皿の量が多いので注意)夕食ぐらいはお酒もと思い注文したが、キールとワインでべろべろになる。(歩きつかれからだろうか、意外に酔いが早い。)
 ここでもそうだが、ギャルソンは鼻歌を歌いながら楽しそうに仕事をする。すぐ「ブワーラ」と言う。
 食事も取ってホテルに戻る頃にはもう8時を回っている。水でも買って帰ろうかと思ったが、今日が日曜日である事にきずく。近くのお店はどこも閉まっていて焦ったが、目の前から袋を提げて歩いてくるお兄ちゃんを発見。その先まで歩いていくと、シェル石油のスタンド兼コンビニがありました。(ラスパイユ大通りマイヨール美術館側)警察官立ち寄り場所なので夜遅くでも安心?!
 水を買うと、お兄ちゃんが「アリガトゥ」。ここはこの後も良く利用したが、日本人が沢山利用していた。サンジェルマンデプレには、日本人が沢山いる。みんな、この辺りに宿泊してるんだね。
 ホテルに帰ると、ジーンズ姿のお兄ちゃんがフロントにいる。朝はスーツのムッシューだったが。こういう気さくさもこのホテルの売りなんだなと思う。
まだまだ続く…


<<エルメス、贈る喜び>>12月23日


 Parisの朝は異様に遅い。6時には目が覚めたが、明るくなるまでにはまだまだ時間がかかる。(少し時差ボケ)
 朝早く目が覚めたのも、この小さいベッドのせいだろうか。それとも部屋の傾きのせいか。それはともかく、この小さいベッドでフランス人はどうやって寝るのだろうか。いや、寝ないに違いない。夜どうし遊んでいるのだ。
 朝から小雨降る空模様。めちゃくちゃ寒い。しかし、めげずに外へ出てパンを買う。近くのパン屋でサンドイッチとエクレアを買うが、パンの味はもちろんの事、チョコレートの味が日本とは違う。どうすればこういった味がだせるのか。原料が違うのかと思ってしまう。
 行く気はなかったが、どうしても寒さが我慢ならないので、モネで有名なオランジュリー美術館に入る。朝早くから観光するのは日本人の良いところだろうか悪いところだろうか。見事に日本人ばかりである。(みんな、時差ぼけで早く眼が覚めてるんだろう。)でかでかとしたモネの絵の前で、日本語が飛び交う。「シャッター押してもらえますか。」やっぱり日本語が一番!
 ここでモネの手帳をゲットする。なかなか見つける事ができなかったので、嬉しい寄り道であった。
 さて、身体もあったまった。いざ、パリ・エルメス本店へ。末川さんは、何かに取り憑かれたように、お店へ向かう。私の事は既に頭に無いようだ。置いて行かれないように、私も一生懸命後に付いて行く。
 店内に入ると、想像とは裏腹に、エルメス本店はまるで戦場の様相を呈している。フランス人やヨーロッパの人VS日本人のOL達とおばさん軍団といった図式か。エルメスに集う女性たちの凄まじい殺気と鋭い眼光に圧倒されながら(当然末川嬢も殺気だつ中のその一人)、店内を巡る。
 お目当てのイブリンの黒はディスプレイされていない。仕方なく、近くにいた暇そうなムッシューに聞いてみる。「私はセキュリティーのものです。」と言われた。(道理で暇そうだ。胸に付けているバッチが違う。)そのムッシューが年期の入ったマダムを呼んでくれる。どうせなら日本人店員を呼んでくれればいいのに。
 「黒のイブリンはないですか。」と聞くと、まずマダムの一言が「フランス語、話せるのねぇ。」「ちょっと」と答えると、こちらの表情を見ては英語を交えて説明してくれる。さすがエルメス本店。店員の対応もぴか一です。結局お目当てのものは無く、布バック・イヤリング・ブローチをゲットする。「デタックス・シルブプレ」ここでは必要の無い言葉である。当然のごとく用紙をもらう。
 イヤリングの売り場では、ママンへのプレゼントを選んでいる家族がいた。お父さんと娘2人弟1人の家族だ。娘が小さいのに、一人前に「これがママンには似合う。」「あれが似合う。」と言い合っていた。小さい時からエルメスでセンスを鍛えているのだから、パリジェンヌがおしゃれなのも当然である。それを見つつ、あと何十年かして自分も同じような事が出来れば、幸せだろうなぁと思う。


 エルメス、それは贈る喜びである。


 エルメスのオレンジの紙袋を手に、雨のおかげでもらえた傘入れの袋もお土産に、本店を後にした。


<<買い物三昧>>


 エルメス本店を後にして、昼食のために、メゾンドトリュフに入る。店内は既に満員状態。待つのかなと思うと、気さくな店員が冷蔵庫の前にテーブルを置いてくれる。トリュフ入りのスペシャルも食べてみたいが、無難に100FFのムニュにしておく。メインのソースにもトリュフは少し入っているのだろうが、せっかくなのだからスペシャルにすれば良かった。後悔先に立たずである。
 暫くすると、アメリカ人夫婦がやってきて、私達の隣に座った。アメリカ人はでかい。急に狭くなる。店内はまだ空席もあるのに。観光客の扱いが厳しい。思ってみたが、ジャポネはフランス語ができない、アメリカ人は絶対に英語しか話さない、でフランス人は日本人とアメリカ人に冷たいのだと思う。(これだけの事でそこまで考えるか?) JCBカードのおまけをもらおうとパリ三越へ行く。バスで日本人が乗り付けている。一緒に乗せてー。どうせ、行く所は一緒なんだから。
 岩城洸一みたいな店員がいる。日本語での対応の安心感から、買うつもりのなかったTシャツをお土産に3枚も買ってしまった。他で買えば118FFだったのに、三越では130FF。馬鹿だ。JCBのまさに思うつぼ。
 荷物も重いのでホテルに帰る事にする。帰りのお菓子屋で、こちらを見ているペンギンを発見。思わず買ってしまう。ペンギンが「パングワン」ときこえた。アンジェリーナにも寄ってモンブランを買う。ここもカフェに人が並んでいる。モンブランが大きいです。
 ホテルに着いた頃にはもう夕方です。次はサンジェルマンデプレ方面へ。
 まずは「プフ」Pfftへ。ここのおじさんが商売上手です。つぎから次から、「これは…に似合う色だ。これは、貴方に似合う。」と良い品を薦めてくる。確かにいい品ばかり。お奨めである事は間違いなし。(彼女へのお土産にどうぞ!!)
 次に頼まれものを買い付けに、エルベ・シャプリエへ。サンシュルピス教会を目の前にして、ここでマストロヤンニの葬儀が行なわれたのかなぁと思いつつ、名優に思いを馳せる。エルベシャプリエはおお流行り。BALのお店に来たのかと思った。見事に日本人ばかりで、飴に群がる蟻状態。さすがの人気。
 品が良く、しかも使い勝手が良いとくれば、買う人の気持ちも解る。(結局お土産にするバッグを帰りに使ってしまった。またこれが沢山入るんだな。)
 すぐ近くのジンコに行くと客はいない。これを見ると日本人の凄さが解ったような気がする。カタログを見せて「これありますか」というつもりが、「プヴヴェ・サ?」とかいってしまう。(正しくは、ヴザヴェ・サ)しかし、お姉さんは動じずにフランス語で対応してくれた。
 こじんまりした構えのお店にフランス人にしては小柄な女の子の店員が妙にマッチしていた。
 ジェラール・ミュロに寄ってパンやお惣菜を買う。今夜の夕食だ。お惣菜を買って部屋で食べるのも、パリの楽しみ方の一つである。ここのクロワッサンは実に美味しい。 蜂蜜の化粧品のお店に入る。素敵なマダムが対応してくれる。ここでも「フランス語、話せるのねぇ。」と言われる。フランス人は日本人を舐めとんのか。
 たった20FFづつのお土産なのに、「プレゼント」だというと、ひとつづつ奇麗にラッピングしてくれる。嬉しいが、トランクに詰めるとくたくたになってしまうので悲しい。
 どうやら、クリスマスのプレゼントに奇麗にラッピングした化粧品のセットを贈るというのが、この店の売りのようだ。
 後でこのお店で買ったボディローションが役に立つ。乾燥が思ったよりひどく、かゆみがひどいのだ。かゆみ止めに、保湿入浴剤をバスタブにいれ、ローションを塗った。(乾燥肌の人は日本からかゆみ止めの薬を持っていった方が良いかも)
 思えば、お土産が思わぬところで役に立つ旅行だった。
 モノプリで、ヴォルビックのシトロンを買う。1.5Lはちょっときつかった。(オレンジも試したがやっぱりきつかった。)
 ホテルに帰り、ポットのお湯をもらう。(ボイルドウオーターといったらボトルの水をくれた。(^0^)ショーと言うと解ってくれた。)
 日本から持ってきたカップスープが役に立つ。美味しく夕食をとる事が出来た。お惣菜も外れなし。
 こうして23日は過ぎていったのだが、次の日の朝に思いも寄らない事で目が覚める!


<<イブに喧嘩せんでも>>12月24日


 明けて24日の朝を迎えた。ベットで寝ぼけていると、隣の部屋からだろうか、大きな声が聞こえる。案外、このホテルは壁が薄い。「ちょっと。ちょっと、起きて。」「なんかあったん?」「隣で喧嘩してんねん。」
 そういえば、日本語が隣から聞こえている。ちゃんと起きて、良く聞いてみると、東京から来た人だろうか、「 … じゃーん。」「 … だろ。」と言い合っている。
 何故かは知らないが、誰かが好意でしてくれた事を原因としているようだ。よくよく聞いてみると、部屋の事でもめているようである。男の方がとても気に入らないらしく、「おまえはいつもそうだから、云々。」と女の人を責め立てている。遂には女の人が泣いてしまうが、それでも男は責め立てている。
 余りに可哀相なので、テレビを付けてボリュームを上げると、男は私達の存在に気が付いたのか、やっと静かになった。
 「フランスまで一緒に来て、喧嘩してたら最低やね。」とか小声で言いつつしっかり他人の喧嘩を壁越しに聞いていた私達は、お互いにんまりした顔をしている。「朝から面白いもん聞かせてもろたわ。」
 朝食を部屋で取った後に、カフェ・ド・マゴーに行く。行く途中に討論してみたが、あの二人は部屋の大きさが原因で喧嘩をしたに違いないとの結論に達する。隣の部屋はシングル程度の広さしかなく、ダブルベットでシャワーだけの部屋である。いくらラブラブのカップルでも狭かろう。
 義姉(元JAL国際線スチュワーデス)とも話してみたが、フランスのホテルでは日本人はすぐ小さい部屋に通されがちではないかと思う。会話集にも、「部屋を見せてもらえますか」とか「変えてもらえますか」との例文が載っているが、それも使う機会が実際にあるからなのだろう。
 今日は観光もしつつ、義姉から頼まれた買い物を片づけなくてはいけない。仕方なく地下鉄を使用する事にした。
 カルネを買って、決死の覚悟でメトロに乗る。幸い爆弾はなかった。ドアは、電車が止まる前からノブを引いておくのが、パリジャン風といったところか。しかし、駅は臭いし汚いし暗いし狭いしで恐い。
 まず凱旋門でも上ってみようと、壁に絵の書いてある螺旋階段を上って(けっこう長いのでつらかった)、シャルル・ド・ゴール・エトワール駅を出る。凱旋門に向かう地下道の出口付近でエレベーターの切符を売っていた。凱旋門の足のところで売っているのかと思っていたので、ちょっと戸惑った。
 すこし曇り空のパリの気温は?度。凱旋門の上は、いわんおやである。これは自分に合っていなかったと反省しつつ、写真をパチパチ撮って、すぐ退散する。(しかし、下りの螺旋階段はつらかった。下りたら、ふらふらしてしまった。)シャンゼリゼ大通りに出ると、テロで犠牲となられた方への献花がなされていた。テロ許し難しである。合掌。
 ジョルジュ・サンクまで足をのばし、エルメスを覗いてみる。さすがに日本人はいない。そのためか、全く相手にしてもらえない。なんとか、マダムを捕まえて「イブリンの黒はないか」と聞く。やっぱりなかった。残念である。
 それでも、末川嬢はあきらめたりしない、一体この人のエルメスにかける情熱はどこからくるのか。
 そのまま歩いてエッフェル塔まで。やっぱり、ここの写真もないと、「パリまで、何しに行っとってん。」と馬鹿にされる事だろう。しかし、エッフェル塔はどうでもいいのである。目的はただ一つ、パリ・ヒルトンである。さんざん歩いて、シャイヨ宮につく。寒い。余りの寒さに、スタンドでパンとクレープを買う。ホカホカで、生き返る思いはしたが、46FFは高すぎる。シャイヨからのエッフェルの眺めは良い。また写真を撮る。あとで現像すると、「自分って写真家になれるんとちゃうか?」と思ってしまう程、パリの風景はどこを切り取っても絵になる。
 目の前を日本の女性が一人で歩いている。クリスマスイブに一人旅。それだけに、絵になる。すらっとした身体に長い黒髪をなびかせ、写真をとる姿がそこはかとなく物憂げである。BGMにユーミンが聞こえてきそうだった。
 イエナ橋を渡り、このくそ寒いのにエレベータを待っている人たちを横目に、エッフェルを突っ切り、ヒルトンへ向かう。
 さすがに客は一人もいない。イブリンの黒はないかと聞くと、「探してみる」といわれ、マダムがいくつかの箱を持て来て、「イブリンはないが、これは代りにどうか。高くないよ。」とイブリンによく似た感じのカジュアルなバックをいくつか見せてくれた。「これにしたら?」と薦めてみるが、「まだニースがあるわ。」と、ニースに望みを託して初志貫徹のようだ。
 寒さでトイレがしたくなったので、ヒルトンのトイレを借りる事にした。階段を下りて、地下1階にあった。やはり、ホテルのトイレは良い。凱旋門とは比べ物にならない。ちゃんと座れるのが良い。(^^;)
 義姉からの頼まれものを買うために、次はプランタン方面へ。


<<クリスマス・イヴ>>


 ヒルトンを後にして、ビル・アケム駅へ。切符を通しても、バーが回らない。隣のアメリカ人も同じ状態で、二人で窓口のお兄ちゃんに「切符を代えろ!」と文句をいうと、「もう一回やり直せ!!」と机を叩いて怒られた。確かに、もう一度ゆっくり入れ直したら、すんなり入れた。(と言う事は、捨ててある切符でも入れるのだろうか)
 メトロの中では、アコーデオンの演奏が。クリスマスソングが流れていた。
 義姉からの頼まれもので、プランタンの隣にあるブシャラという生地屋に行く。BUCHARA
 その前に、ポトフのお店で遅めの昼食をとる。Le Roi de Pot au Feu お店につくと、「ジャポネ?」と聞かれ「ウィ」と答えると雑誌の切り抜きをメニュー代りに持ってきた。少し寂しい気もするが、どうせポトフとブイヨンを注文するのだから、フランス語のメニューよりかは話が早い。ポトフは、評判通りの美味しさで大満足。身体もあったまって、いざ。
 ブシャラでタッセルとカーテン生地を買う。クリスマスイブだからなのか、店員がだらけている。それとも、日本人なのにここまで買いにくるやつが余程珍しかったのだろうか。いろいろと、まけてくれた。(と言うより、ちゃんと数をかぞえていなかった。)そのおかげで、プランタンやラファイエットに入るたびに、ピィーという音が鳴って困った。(値札がはずしてなかったのだ)
 帰りに、ホテル近くのクリスチャン・コンスタンというお店で、夕食を買う。Christian Constan オマール海老が美味しそうだ。イブの夜だから海老でも食うかと気軽に注文したが、店員さんが箱に詰めて、ていねいにリボンまでかけてくれる。パンとケーキを付けて、しめて260FFなり。そういえば、値札がついていなかった。時価と言うものだろうか。それともボられたのか。味の方は高いだけのことはあった。おかげで思い出に残るクリスマスイブになった。
 食事の前に、ミッション・インポッシブル2の実行に移る。義姉に、レンヌ駅からレンヌ大通り沿いに少し行くと紅茶屋さんがある(店名不明)ので、そこでキャラメル2キロとエロス1キロとフルーツの粒粒の入った紅茶(品名不明)を1キロ買ってこいと言われた。しかも、そこはフランス語しか通じないと友人より伝え聞いたらしい。キャラメル・エロスはいいが、フルーツ…はフランス語でどう言えばいいのか。頭をひねりながら、紅茶屋さんを探す。
 紅茶屋さんはあった。既に店じまいであったが、恨めしそうに覗いていると、おじさんが店に入れてくれた。
 店内には日本語の品書きもある。話が違う!しかも、奥から日本人のマダムまで出てくるではないか。違う店かと思って、聞いてみるが、この辺りで紅茶屋はここだけだと言うので、間違いではなさそうだ。マダムと話をしていると、おじさんが地球の歩き方を見せてくれる。結構有名なのね。義姉の言っている事と全然違う。義姉もいいかげんである。
 カラメルが500グラムしかなく、2キロだというと、おじさんが喜んで問屋に注文してくれた。待ってくれたらすぐに取りに行ってくると言われたが、時間もないので30日に取りに来ると約束して店を出た。(確かに、30日に行くとフランス語しか通じないお店になっていた。)
 それにしても、あのマダムがいなかったら、こうスムーズに買い物できなかっただろうし、トロピカルも買えなかっただろう。本当にラッキーだった。
 その帰りに、サンジェルマンデプレ教会のミサを覗いてみた。洛星高校がカトリック系の学校だったので、ミサが懐かしく思えた。高校ではもう少し芝居がかったミサだったが、ここではいたってシンプルで子どもが主役のミサだった。子ども相手だけに神父さんも大変そうで、「お前たち、じっとしてろ」とか「 … と、言いなさい」とか言っては、大人の笑いを誘っていた。
 ホテルに帰ると、隣の部屋は静かだった。あのアベックはどうなったのだろうか。いらぬ詮索は無用だろう。
 明日は、エクスへ。ルームサービスの朝食を頼んで、モーニングコールをお願いしてから、風呂に入って寝た。


ここから、南仏に移動します。エクス第1弾です。
<<ゲロげろ>>12月25日


 クリスマスの朝、運ばれてきた朝食を摂る。パンが4つにポットのコーヒーとミルク。アメリカでろくに食事が取れなかった経験もあるので、全部食べた。美味しい。
 ホテルにスーツケースを預けて、ギャレ・ド・リヨン駅へ。エクスへのお土産が重い。両手に10キロぐらい持ち、首から自分の着替えなどをいれたバックをぶら下げる。 汗をかきつつ地下鉄より駅の構内に入る。どこから乗ればいいのだろうか。表示がある方に人が歩いていくので、その人について動く歩道に乗る。後でトーマスクックを見たら、B1Fの当日券売り場の方へ行ったようだ。結局、遠回りをした事になった。素直にコインロッカーの前からホームへあがれば良かったのだ。
 南仏へバカンスだろうか、帰省だろうか。荷物をたくさん持った人が多い。スキーを持つ人もちらほら見える。
 NYとは違う!売り場がたくさん開いている。朝からあんなに食べる事もなかったなと思いつつ、パンと水を買った。
 なにか切符の自動販売機みたいなものが有ったのでそれで遊びながら時間を潰していると、自分の乗るTGVのホームが表示されたので、フランス人に習ってチケットに日付を入れる。
 回り道をしてしまったので、1等車に乗るためにまたホームを戻る。ここにもルシアン・アプレ・プチ・デジュネが!ホカホカである。電車の入口近く(乗せる前にさせるのだろうか)にたくさんあるので注意!!
 TGVはシルバーの新型車輌。見るからに速そうである。1等車に入ると、品の良さそうなおばあちゃんや家族連れがいて、この車輌はまずまずの人の入りだった。シートはさすがに1等だけあって広い。ビジネスクラス並みの広さである。さすがに3万円もしただけはある。
 しかし、広さが災いする。振り子電車のためか、揺れが強く、シートが広いためシートの中で身体が揺れる。日記を付けようと、ペンを執って書き出すと 。
 うっっ … 。気分が悪くなってきた。車輌の前と後ろの車輌にトイレがあったが、後ろの車輌(最後尾)には障害者用の大きなトイレがあって、そこで吐いてはデッキに座り、吐いては座りして、落ち着くのをまった。
 トイレは自動ボタン式で使い方がよく分からなかったりもしたが、最後にはエキスパートになっていた。
 取りすぎの朝食・重い荷物・歩きすぎの疲れと悪い事が重なった。前の席でモバイルを使っている。見ると気分が悪くなった。
 パンにチーズ入りはうかつだった。仕方なく、体調が戻った頃に食堂車に行って、食べ物を買う。次にTGVに乗る時は、予約を入れて食事をしてやるぞと固く心に誓いつつ、席に戻る。
 散々の思いをしたTGVもあっという間にマルセイユに着く。ホームに下りて一息ついた。マルセイユの空気を吸うと、生き返ったようだ。
 ふらふらとホームを歩いていると、後ろから犬に突き飛ばされる。突き飛ばしたかと思うと、そこに座って、シャー。我慢してたんだろうなぁと思うまもなく、ちょっと先でプリプリ。「なんや、この犬!ちゃんとトイレでウンコせぇ!!」と私も気分が悪いので怒っていると、日本語が解ったのか、飼主のお兄ちゃんが「いつもこうなのさ。ははは。」と言っていた。何が「いつもこうなのさ」じゃ。ちゃんと、拾って帰れ。
 志保さんがホームまで迎えに来てくれていた。日本とは違って、フランスの駅はオープンである。映画で、駅のシーンが多いのもうなづける。出会いと別れの場所なのだ。 駅の目の前のバスターミナルから、エクス行きのバスに乗る。25FF。乗客は私達を入れてたったの5人。田舎に来たようだ。天気が良く、マルセイユはパリより暖かいものの、ミストラルが強くふいて少し肌寒い。高速道路に入るとサンビクトワール山(セザンヌが描いた事で有名)が良く見えた。


<<男ってやつは>>


 エクスのバスターミナルに着く。通りに出ると、警察の隣にカジノがあった。後で行けるといいな。
 ホテルはミラボー通りから少し入ったところのオーギュスタン。 Des Augustins 修道院を改装したと言うホテル。確かにそんな感じがする。ひなびた感じが、好きな人にはたまらないだろうなと思う。
 3階の奥の部屋で、設備は良い。トイレと風呂が分かれているのには感激した。何よりも、パリに比べて広いのがいい。しかし、やや清掃が行き届いていない。(別に苦情を言う程ではないが、ホコリの固まりはちょっと … )青を基調とした部屋の中からは、向かいの教会の屋根とステンドグラスが見える。眺めは良い。
 フロントに貴重品を預けようとすると、セイフティーボックスが壊れていると言う。「部屋に入れて鍵を閉めておけば大丈夫だから。」と言われた。鍵はガチャンガチャンと2回まわすタイプ。確かに、この街で泥棒は考えにくい。治安が良く、安心できる街だった。(法律家の街だし)
 歩いて5分ほどの所にある友人の家に着いて、やっと重い荷物から解放された。やはり、マック関係の雑誌が重かった。
 今夜はカレーにしようと言うことで、みんなで食事を作る。明日エクスに着く旦那のために、張君もせっせと「愛の面取り」に励む。


12月26日


 次の日はニースへ。バスターミナルでチケットを買い、バスを待つ。126 FF。バスに乗ると最後尾の私の席には犬がいる。おばさんが席を間違えているようだ。まぁ、右も左も同じなので、犬の隣に座ると、「犬は恐いか」と聞いてくる。(恐かったら、座らんぞ、普通。)「好きですよ。よし、よし。」と言って、ルカの頭をなでてあげると、おばさんが喜んでいた。
 バスも高速道路に入って新聞のサービスも終わったので、さて朝ごはんでもとパンを出すと、ルカが腕に頭を乗せ、パンをねだる。「こっち来なさい。」と怒られていたが、可哀相なので「クロワッサンをあげてもいいか。」と聞いてから、ルカに泣く泣くパンを半分あげる。
 しばらくすると、おばさんが「犬を飼っているか?」と聞くので、なんで?と思って「ノン」と答えたら、「トイレに行くから、ルカを見ててね。」と紐を渡された。ルカはおばさんがトイレに行くと不安なのかクーンクーンとないてはグルグル回る。うるさいので他の人に迷惑をかけてはと思い、残っていたパンをルカにあげ、静かにさせる。(なんでここまでせんとあかんのじゃ!)
 パンもなくなったのにルカがせがむので「もうないよー」といっても駄目。仕方なく「ジュネパ」というと、解ったのか静かになった。さすがフランスに住んでいるだけあってフランス語が通じるんですね、犬にも。
 ニースが近づく。ネグレスコホテルの前を通るので、「ネグレスコまで、あと20マイル … 」と歌っていると、ネグレスコが見えた。
 マセナ広場に着いて、帰りのチケットを買ってから、早速エルメスへ向かう。ここでも、「イブリンの黒ありますか?」と聞くと「フランス語、話せるのねぇ。」と驚かれた。(さすがに、もう発音がうまくなっていたとは思うが … )
 店内はシーズンオフのためか、客もまばら。マダムが丁寧に対応してくれる。やっぱり、黒はない。その代わりと、また色々とバックを出しては説明してくれる。ヒルトンでも見せてくれたバックがやはり良い。肩紐が少し長いのではと言うと、「小柄な女性には、かけた時に口に腕を乗せることが出来くらいの長さが安全でいいのよ」と言われた。「ほら、私にはちょっと短いでしょ。」と言われると、納得するしかない。値段も手ごろだし、手ぶらでフランスから帰る訳にも行かないので、ここで観念したようだ。イヤリングも一緒に買うと、「スカーフのまき方を勉強してね。」とポスターをくれたうえに、エルメスのカタログをくれた。(日本では売り物なのに!)
 ネグレスコまで歩き、メリーゴーランドを形どった店に入る。時間になると、メリーゴーランドの馬の人形が動き、人形が音楽を鳴らす。小さな女の子が喜んでいた。(またかわいいんだな、この子が)
 ここにも犬を連れた客がいた。その犬が、太ったメイドに踏まれたらしく、悲しそうな悲鳴を上げていた。周りの客が思わず一斉に笑ってしまう。
 食事の後にホテルに入って写真を撮る。門番のいるトイレに入る。入る前にチップを要求された。見学料と言うところ。
 ホテルを後にして、海岸沿いをブラブラと歩く。冬のリビエラが思わず口から出る。子どもがローラーブレードで遊んでいる。しばらくボーっと海を眺める。やっぱり、暖かい時にまた来よう。


<<有馬の代りに>>


 ニースからバスで2時間半すると、エクスに着く。寝ている間に着いた。
 友人の旦那が、モノプリで買ってきた殻付きの牡蠣をむいて待っていてくれた。日本から持ってきたお土産のポン酢を早速使う。小ぶりの牡蠣は鍋にするととても食べやすい。
 フランスでの小さな同窓会も、気がつくと既に午前1時。帰りの道には、大学生だろうか若者がたくさん歩いている。治安が良い印象を受ける。ボストンと良く似ている。


12月27日


 昼から起きて、昼ご飯をベトナム人街で食べた後、エクスを散策する。彼女はベトナムの研究にフランスに来たとだけあって、そこがまた美味しい。
 用はないが(既にイブリンがないと知っていたので)、エクスにもあるエルメスに行く。こんな田舎になんでエルメスがあるのだろうと不思議に思っていたが、歩いてみると、とてもハイソな街であることに気づく。
 セザンヌの道標という、道に埋め込んである金の小さなプレートを辿る。セザンヌのアトリエにも行ってみた。休みかと思ったが、インターホンを押すと鍵が外れて門が開いた。アトリエは電気が無く、暗い。当時の様子を再現するためなのだろう。期待外れな感じで帰ろうとしたら、物知りなおじさんに捕まって、セザンヌの話を散々聞かされた。(寒いのに)
 帰りに、サンソブール寺院より山側の交差点でSEX SHOPという案内を発見。面白いので覗いてみると名前の通りの店だった。パンツに前・最中・後というポケットがあり、ガム・コンドーム・タバコが入っていた。(成る程!)面白いので法相の新春お土産争奪戦の賞品にしようと店に入ろうとしたら、みんなに止められた。
 同じ通り沿いのお店でウェディングドレスの試着をしていた。しばし、奇麗さにうっとりすると、新婦がこちらに微笑んだ。結婚おめでとう!!
 夕食まで時間があるので、カジノに行ってもらった。さすがに、入場料を払ってまでは皆さんにお願いできないので、タダで入れるスロットマシーンのコーナーへ。入ってみると、日本のパチンコ屋と同じ。2・5・10Fのマシーンがある。100FFを出して、だまって手をひらく。20枚入りのパックをくれる。ギャンブルに言葉は要らない。777が下に並んで外れた。真ん中にそろってくれたら良かったのにと、もう100FF買ってきたら、BARが並んで60枚(300FF)も儲かる。その後は熱くなって、結局100FFの損である。
 「有馬をやっていたら10万は儲かっていたはずだから、ここでも」と思ったのがいけない。エクス市の財政に貢献したのだから、善しとしよう。


12月28日


 朝おきると雪が降っている。南仏で雪は珍しい。「雪や」と喜んでいると、前を通ったおばあちゃんが「ネェージュ」とフランス語を教えてくれた。
 最後の朝なので、カフェ・ドゥ・ギャルソンで朝食を摂る。ハイソな家族が次々とやってきては握手やキスをしている。時間になると、仕事だろうかみんな帰ってしまった。
 マルセイユまで夫婦が送ってくれるので、港まで行って、ブイヤベースを食べる。キィファーサザーランドに似たウェイターだった。味はこんなものかと言うところ。
 TGVの時間が近づいたので、いそいで地下鉄に乗り、走ってホームに駆け込む。ギリギリセーフ。帰りは旧型のオレンジの車輌だった。行きより混んでいる。しかし、今日は快適である。何といっても、荷物が軽い。寝不足のせいか、すぐに寝てしまった。 遅れる事も無く、TGVは時刻どおりに6時15分にパリに着いた。


<<素晴らしいよパリは>>


 午後6時15分、TGVがギャレドリヨンに着く。行きはわからなかったが、先頭車輌から1F正面ホームに出ると、いかにもヨーロッパの駅という雰囲気が漂っている。行きもここから乗れば良かった、明るい時なら、いい写真が撮れただろうに。
 人の流れに身を任せつつメトロに乗り込む。サンジェルマンデプレに着き、ホテルに帰る前に夕食を仕込んでおく。ベトナム料理にすっかりはまっていた私達は、一目散に駅側のルカントン Le Canton へ。お店の前に堂々と日本語メニューがはってあるので「観光客狙いの店か」と思ったが、なんのなんの美味すぎるではないか。もちろん、持ち帰りで頼んだが、しっかりとパックもしてあり、使えるお店であることは間違いが無い。(箸をくれるのが嬉しい)
 夕食を手に持ち、再びルノックスを訪れた。今度は25号室。「ヴァンサンク」である。買い物好きにはとてもなじみのあるフランス語ではないか。
 部屋に入ると、前の部屋と違ってバルコニーがない。そのぶん少し広い感じがするが、部屋にあるテーブルやイスの大きさにもよるのだろう。また、前の部屋とは違った雰囲気があって、この部屋も良い。(しかし、値段が同じなら45の方が良い)
 食事を終えた後、預けてあったスーツケースを取りに下りる。いつものジーンズのお兄ちゃんだ。荷物入れには、結構スーツケースが並んでいて、ここに預けて動く人も多いのだろうかと思う。着替えと小物だけ出しておいて、宿泊している間は預けておいた方が、部屋が広く使えていいのかもなと思った。気さくで親切なお兄ちゃんだったので、今までのお礼も込めて30FFのチップを渡した。「サンキュー」に「サー」までついた。渡しすぎだろうか。
 寝る前に、RAIUNOの星占いを見る。セクシーなお姉様が脚線美を惜しげもなくさらけ出してれる、ウキウキする番組である。明日は、友人との行動がついているらしい。


12月29日


 パリの空がこんなに青いのは久し振りではないだろうか。今日は驚く程良く晴れている。今日の目的は紅茶の買い出しとサクレクール寺院の観光。
 とりあえず、セイフティーボックスに貴重品を預ける。せっかくなのでフランス語でと、「プヴェヴ … 」と言ってはみるが後が続かない、見かねたのか「プヴォヌ ユティリゼ … ?」だと教えてくれた。確かに、Canwe use … ?と言えば良かったのだ。この表現は、後で結構役に立った。
 寒波が襲いつつある寒い朝の中、モンマルトルへと向かう。
 朝ご飯に、近くのパン屋でパンと暖かいピザみたいなものを買う。サクレクールのベンチで優雅に朝食をと思ったが、これは間違いであった。寒くて、食事どころではない。
 寺院の前に着いて、しばし朝日に照らされたパリの街並みを眺める。「素晴らしいよ、君たちの街は」と拍手を送りたくなる程の感動がここにはあった。寺院の中に入ると、ステンドグラスに日が差し込み、「敬虔」な雰囲気が漂う。ミサで熱心に祈る人を見ると、神様も信じてみようかなと思う。
 寺院を後にして、イタリア料理でも食べてみようと、「ダ・グラッツィアーノ」へ向かう。テルトル広場の絵描きを振り切り、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの方へ。(しかし、「安くしとくよ」の客引きでは雰囲気がでんやろ)
 氷に足を滑らせながら、お店の前に着くと、グラッツィアーノはそこにはなかった。お腹もすいているし寒いし、いまさら探す訳にもいかず、仕方なくお店に入る。「グラッツィアーノではないがいいのか」と聞かれたところを見ると、間違える人が多いのだろう。JTB一人歩きのパリ1996年7月改訂4版には載っていたのだが。一体、グラ は何処へ。
 予定外のフランス料理だが、人気のある店のようだ。ムニュを頼むが、今日の前菜・料理の内容が分からない。聞いてみると、何かの肝らしいので、「それでいいや」と注文したら、見事に2皿ともに肝の料理だった。(当たり前だが)結構きついものがあったが、これもビタミンの補給と思えば。皆様も、「今日の」料理には、くれぐれもご注意を!
 ゴッホの家の前を通り、ムーランルージュを写真に収めて、メトロに乗り込む。


<<ぴよ・ぴよ・カリメロ>>


 天気もいいので、凱旋門へ。撮り損ねた写真を撮っておく。そのまま歩いてプラネットハリウッドへ行く。全店制覇を目指す私にとっては、落とす事のできないスポットである。(しかし、今年の夏に行ったソウル店はどうなったのか。)住友VISAのサービスがあるので聞いてみるが、忙しいので、とりあってもらえない。VISAは役立ずである。その点、JCBはサービスが行き届いていた。メゾン・ド・ショコラでは、レジでちゃんと調べて割引のサービスをしてくれた。やはりJCBはサービスが違う。(単に店員の質の違いか)
 そこから、またメトロに乗って、オテル・ド・ヴィル駅へ。地上に出る時に、道を聞かれた。(プラネットの袋を下げてる東洋人に聞くなよー!)
 マリアージュ・フレールの本店へ。さすが、行ってみるだけの価値はある。お金がいくらあっても足りない。あれもこれも欲しくなる。
 OLだろうか、頑張って買い物をしているが、店員の言うことが分からず困っている様子。「『これで、全部か』って聞いているんですよ。」と言っても、混乱しているようで日本語が判っていない。やっと、落ち着いたのか、こちらの言葉が通じたようだ。「セットゥ」と言うと、店員が伝票を渡してくれる。「これどうするんですか?」と聞かれても、私もこの店に来たのは初めてである。すると、店員が「あそこで伝票を見せて、支払いを済ませてから、品物を取りに来い」と説明してくれた。ガイドブックにもそれくらいの事は書いておいて欲しいものである。(みたら分かるか)
  しかし、日本人OLの根性たるや、凄まじいものである。フランス語も勉強せずに、しかも、英語すら分からないのに、買い物をする。それでも買い物が出来るのだから、海外にOLが買い物ツアーに行くのも肯ける。このチャレンジ精神を、これからの日本を支えていくであろう彼女たちの子どもにも伝えて欲しいものである。頑張れOL!買い物するのに、言葉は要らない。
 Va bene cosi.である。
 さて、私達の番である。テレビでやっていた、「カリメロ」で、ROの発音はばっちり練習できた。なんたってプリシラが先生だから。
 「エホス」「ウィ、メルシー・ビヤン」ばっちり通じているではないか。それに気を良くして、結局2キロ程、紅茶を買ってしまう。どうすんだ、こんなに買って。
 店の外に出ると、もう暗くなりはじめている。急いで、ノートルダム寺院へ。改装用の足場が寂しい。(暗いので目立たなかったけれど)ノートルダムを後にする時、鐘が鳴り響いた。「カジモド」が今も鳴らしているのだろうかと想像しつつ、中華料理屋へと急ぐ。
 プティ橋を渡ってサンジェルマン通り手前のミラマ Mirama という広東料理のお店へ。ここもテイクアウト可能なお店である。
 ここで、トイレを貸してもらうために、朝覚えたての表現を使う。「プヴォヌ ユティリゼ レ トワレット?」おぉ、通じるではないか。
 それはともかく、ここの安さを見くびっていた私達は、200FF程の料理を注文して、結局残してしまいました。(もったいないので、自然の冷蔵庫となっている手摺に置いておいたが、冷えた焼き飯は不味かった。)
 買ってきた紅茶を試すために、お湯をもらってきた。考えてみれば、紅茶を飲むからお湯をくれと言えばよかった。そうすれば、ティーポットを貸してくれただろうに。
 時期なので「ノエル」を飲んでみた。甘い香りがたまらない。やっぱりもうちょっと買おうと思い、次の日も行ってしまった。


<<オヴァー、パリ>>12月30日


 今日も忙しい一日になりそう。朝はポワラーヌへパンを買いに行く。ホテルをでて少し行くと、OLの二人連れが歩いている。こんなに朝早くから地図を見て歩いていれば、行く先は一緒に違いない。
 ポワラーヌでクロワッサン等を買い、コンビニでココアを買った。結局たまらずに、歩きながら食べてしまう。道には車止めみたいなものが沢山置いてあったが、パリ・ダカの準備用なのだろうか。もう2・3日でもパリにいれたら良かったのに。
 ホテルから、マリアージュフレールの左岸にある支店に行く。(パリ交通営団の建物がある角から脇道に入っていった先にある)ここでも、少し紅茶を買う。
 お土産を買うために、ポンヌフ橋をわたった所にあるデパートのサマリテーヌに行く。セールのアクセサリーを適当に見繕う。安い。
 そこから、歩いて、31フェヴリエ  31Fevrier (商品取引所の前の5差路からルソー通りに入り、一つ目の筋のペリカン通りに面している)へ行く。最初お店がわからなかった。なんとも目立たない店構えで、ここにあると思って行かなければ見つけられないぐらい。お店のインターホンを鳴らすと、営業のお兄ちゃんが出てきてお店の鍵を開けてくれた。日本語もちょっと分かるようだ。結構、日本の女性に人気があるのだろう。小さなバックを買って帰ると、「またねー」と言ってくれた。(いや、Bonn annee だった。)
 そこから、パレロワイヤルへ。オブジェの広場には雪がうっすらと積っている。自分の名前を足で書いて、写真を撮る。修学旅行生みたいな事をしてしまった。
 水の流れる所に柱があって、その上にコインを投げている。どうやら、イタリア人の団体のようだ。負けじと、コインを投げる。 Via! コインは惜しくも水の流れの中へ。ホテルに戻り、再びサンジェルマンデプレ方面に出かける。注文していた紅茶を取りに行く。その前に、マンダリン・ダックに寄る。母に頼まれたボストンバックを買うためだ。そこで、前の客が小さな手提げのバックを買って、店員に何か話し掛けている。袋から箱を出して、バックの中に入れてくれと言ってるみたいだ。どおやら、彼女への新年のプレゼントらしい。大きさからして、指輪だろうか。店員のお姉さんも心得たもので、こうしたらどうかしらと心憎いラッピングをしてくれていた。もしかすると、プロポーズ用なのかもしれない。さすが、パリは恋人達の街。パリジャンはやる事為す事、いちいちお洒落である。(鳩野、見習えよ!)
 一昨年のクリスマスイブには、ロックフェラーセンターのスケートリンクでプロポーズをぶちかましていたアメリカ人がいたが、外人はこういう事しても、絵になるから得だよね。あー、ご馳走様。
 紅茶屋の JC & C CHABRAN (カードの請求書がやってきたので、店名が分かる。それにしても … 。)に。店主のおじさんに600FFのレシートを見せると、あの時のジャポネと言って、紅茶を3キロ包んでくれた。お土産に、「お姉さんに試してもらってくれ。良かったら、次に来た時に買ってくれ。」とエロスならぬエピスを100グラムくれた。いい店です。(しかし、グローブのにおいが凄くて、エピスはちょっと…って感じ。)
 でも、近いうちに「次」があればいいのだけれど。
 また、ルカントンでテイクアウト。なにか競馬の本でもと、売店で馬の写真の入った雑誌を買った。内容は乗馬の本のようだ。残念だが、せっかくなので少しは読んでみようと、お店のおじさんに「ケスク … ?」ときいては教えてもらう。それにしても、STAR CHEVAL という本だったが、シュバルの意味を聞いた時には、おじさんが笑っていた。馬の本なんだから、馬に決まってるわな。そうこうしているうちに、料理も出来た。お店には日本人が結構入っていた。
 さて、パリも最後の夜。最大の難関の荷造りが待っている。二人で紅茶6キロは、さすがに買いすぎた。荷物がスーツケースに入りきらない。仕方が無いので、お土産にするはずだったエルベ・シャプリエの大きいバックとマンダリン・ダックのボストンを使う事にした。スーツケースをおしりで閉めて、荷造りも完了。
 名残惜しいが、最後の散歩に出た。また、来よう。
 最後に占いを見て、パリの夜は終わり。


<<誰かいると思ったのになぁ>>12月31日


 朝早くにオルリー空港に着く、カウンターを探すがどこにもない。(関空みたいなものを想像していたので)インフォメーションで聞くと、「すぐそこの40・41だ」という。あった。4・5人の人が並んでいる。暫くしてお姉さんがやってくる。
 さぁ、最大の難関です。リコンファームの時に、「ここ(パリ)ではバルクヘッドは取れないので、オルリーのカウンターできいてください」といわれた。早速 Can we choose our seats ,please ? と切り出す。カウンターのお姉さんが、Sure! What なんたらかんたら といったので、バルクヘッド・プリーズと言うと、Non full の返答 。
 そんな馬鹿な事があるか。ちょっとむかついた。こんなに朝早くからチェックインしているのに、一杯なはずがないやろ。どことどこが埋まってんのじゃ、言うて見い!
 そこで、側においてあった時刻表をとって、Which type of airplain do you use ,747-400 or combi ? と聞くと、お姉さんが困った様子で、カチャカチャとキーボードをたたく。追い討ちをかけるように、「二人がけにしろよ 。」と言うと、観念して05EFの席を発券してくれた。あるならあるで、最初から発券しとけ!
 しかし、05はいいぞ。思わず、メルシービヤン・マダム!と笑顔で答えてしまいました。結局、使った英語はほとんどなく、要は言葉よりも態度だ。
 帰りの飛行機は定刻どおりに出発しました。飛行機の中は、アップグレードで喜ぶ人や、さも当然と余裕で座っている人等がいました。05EFには荷物入れがないので、スチュワードに聞くと、前のコート入れの中に入れろとの事。
 写真を撮って、荷物とコート(スチュワードが入れてくれた。サービスいい!)をいれて、席に着く。おお、これがあこがれのパーソナルビデオですか。おおおお、電話も付いている。広い。しかし、広すぎて座りづらい。(どうでもいい事だ)
 スキポールからの離陸は成田行き(?)とのランデブーと言うところ。機内では、離陸が始まるのに立って荷物入れを開けて荷物を取り出していた女の人がいて、結局飛行機が動き出してから座っていた。(離陸中だと荷物が加速で飛び出すかと思っていたが、案外そうでもなかった。)
 しばらくして、日本時間でお正月になったとの事で、シャンペンのサービスがある。(スクリーンには花火のビデオが!みんな笑っていた。)そこで、早速フランスに電話をする。「また遅れたの。」と聞かれたので、「飛行機の上から」というとやっぱり驚いた。電話代はつなぐのに5ドルで1分9ドルでした。(カードの請求額が恐い)
 続けて、姫島にも電話してみるが、誰も出なかった。残念。年越しマージャンくらい、しとけよ。(。_ °)☆\(^^;)!!
 食事で驚いたのが、蕎麦がちゃんと蕎麦だった。凄く美味しい。席自体は感動ものでしたが、カーテンを閉めないので(そこまでエコノミーを強調するか)後ろからの隙間風があり寒かった。パーソナルビデオの音がやっぱり雑音が入ったり、トラッキングがあっていないビデオ(マキシマム・リスク)がありました。
 周りを見てみると前のシートが倒れて出入りがしづらかった様です。その点、EFは後ろを気にせずに倒せて、前も空いているし、目の前はスクリーンで広々と開けていて自分の部屋でソファーに座っているそんな感覚でした。  
 サハリン上空に差し掛かると、日の出が見られました。初日の出です。飛行機の上からの初日の出は感慨深いものがありました。みんな写真を撮ってました。
 佐渡が島上空で、自宅に電話をかける。おばあちゃんに「おめでとう」と言いたいだけなのに、なかなかおばあちゃんに回らない。「飛行機からかけてるんやから、はよ替われ。」というと、やっと替わった。
 全部でたぶん1万円くらい電話をかけたと思う。これもいい思い出だ。
 今回のフランス行きは、KLMは最低・KLMは最高でチャラといった感じ。色々な経験が一度で出来たし、何よりも安全に日本へ帰ってこれたので、KLMに感謝です。KLM、いい会社です。


 長くなりました。ご精読有り難う御座いました。


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